部分を見て全体を見ない西洋医学への疑問

椿

 栄養補強や冷えをとるという方法は、分類すると代替療法に含まれます。

アメリカを始めとする国の医師や病院が、西洋医学のみの時代を経て、
代替療法に目を向けるようになったのは、いつからでしょう。
 

 外科医長として病院に勤務していたときに、代替療法に目を向け始め、
現在もご自分の病院で代替療法を実践している帯津良一医師が、
代替療法に目をむけるようになるまでの経緯を
書いているので、ご紹介します。

  (注:読みやすくするために、原文に改行を加えています。また、ふりがなを取り、
    漢数字を算用数字に直したところがあります)

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 第一章 部分を見て全体を見ない西洋医学への疑問  他より

 都立駒込病院に赴任したのが1976年、伝染病の病院から都立がんセンターに
衣替えをして新装になったばかりの駒込病院には、清新の気が溢れていました。

 もちろん、全国から集まった医師たちも意気高揚と仕事に向かっていました。
しかも、医学は日進月歩です。集中治療室、中心静脈栄養法、画像診断と、
新しい技術が押し寄せていました。

私自身も40歳で、外科医としてはまさに脂の乗り切った時期です。
がん克服の日は間近いと思っても不思議はありません。

 ところが、現実は違いました。相変わらず、多くの人々が再発して
帰ってきます。

医学の目覚ましい進歩に見合っただけの治療成績の向上がみられないのです。

 ということは、西洋医学には何か構造上の限界があるのではないかと思うようになりました。

(中略)

 西洋医学の構造的限界とは何だろうと考える前に、西洋医学の特徴について
考えてみました。

西洋医学は部分を見る医学です。部分を見ることにかけては、
これほど長けた医学はありません。科学の進歩と歩調を合わせて、
臓器から組織へ、組織から細胞へ、細胞から遺伝子へと、その対象を
限りなく小さなものにしてきました。

 そうして得た知見を集め、これをボトムアップ形に積み上げて、生命を、
そして人間を理解しようとしてきました。要素還元主義といってよいでしょう。

科学の裏づけによって、客観性、再現性のある医学ですから、
これはこれで誇るべき医学であることはいうまでもないのですが、
これだけで全体を見ることを怠けてしまったのでは、不十分なのです。
全体は部分の総和ではないからです。

部分の総和にプラスアルファがあって全体となるのです。

全体は、部分の総和より存在意義が大きいという人もいます。

このことを全体論ホーリズム、Holism)といって、はじめて提唱したのは、
1927年、スマッツという人だといわれています
(『ホーリズムと進化』J.C.スマッツ 2005年 玉川大学出版部)。

ホーリズムという考え方は、こんなに古くからあったのです。

 医学があまりにも要素還元主義に陥ってしまった弊害を察知した人が、
このホーリズムに基づいたホリスティック医学(Holistic Medicine)なるものを
唱えだしたのは、1960年代のアメリカといわれています。

 私が、西洋医学の限界に思いを巡らすようになったのは1970年代の後半です。
 このときすでにホリスティック医学は、アメリカ西海岸を中心に静かに
広がりはじめていたのですが、そのような情報の届かない西洋医学の中枢にいた私は、
このことに全く気がつきませんでした。

もちろん、1978年にアメリカ・ホリスティック医学協会が発足したことなど、知る由もありません。

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(『お医者さんがすすめる代替療法』総合監修 帯津良一 学研刊より)

この後、1982年には、帯津医師は、代替医療を取り入れた自分のクリニックを開きます。

なお、上記の本には、さまざまな代替療法、食事療法が掲載されていますが、
実際に私がやってみたうえで、これは胃腸の弱い人には
難しいと思った療法なども入っています。
参考にされる際は、自己責任でお願いします。